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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11438号 判決

原告

徳川美家

右訴訟代理人弁護士

田中富雄

日置雅晴

被告

丸善住設株式会社こと

平賀功

右訴訟代理人弁護士

飯野紀夫

主文

一  被告は原告に対し、金二四五万円及びこれに対する昭和五六年一二月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五六年八月八日、被告との間で、原告の自宅の屋上にサンルームを設置するにあたっての一切の工事(以下「本件工事」という。)について、代金五五〇万円の約定で、請負契約を締結し(以下この契約を「本件請負契約」という。)被告に対し、昭和五六年八月一四日金一〇〇万円、同月二六日金一五〇万円、同年九月一〇日金五〇万円、同月一二日金六〇万円、同月二八日金七〇万円、同年一〇月二日金七〇万円、同月七日金一〇万円、同年一二月五日金五万円以上合計金五一五万円を支払った。

被告は、昭和五六年八月中に本件工事を完成し、原告に引き渡した。

2  しかしながら、本件工事は、たかだか、約二七〇万円程度の費用でできる工事であるにもかかわらず、被告は、本件請負契約締結に際し、原告に対し、右工事にあたっての仮設工事、解体工事、サンルーム本体工事、内装工事等を施工するについて、工事現場が狭く、危険を伴う難工事であるため、代金が高くなる旨虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した原告との間で、代金五五〇万円の本件請負契約を締結させるに至り、1のとおり合計金五一五万円の支払いを受けたものであって、原告は、被告から工事代金名下に金員を騙取したものである。

3  原告の損害

原告が被告の右不法行為によって被った損害額は、支払済みの金五一五万円から現存する原告の利益としての適正妥当な工事価格を控除したものとなるが、右適正な工事価格は、たかだか、金二七〇万円であるから、右損害額は金二四五万円を下らない。

4  よって、原告は、被告に対して、不法行為に基づく損害金二四五万円及びこれに対する不法行為の日以降である昭和五六年一二月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1の事実のうち、原告が昭和五六年一二月五日に被告に対し、本件工事代金として金五万円を支払ったことは否認し、その余の事実は認める。右金五万円は、追加工事代金として支払いを受けたものである。

2  同2、3の事実は否認し、争う。

仮に、請負代金額が、通常の取引価格より多少高額になることがあっても、本件契約締結に至った経緯及びその金額等からみて、本件請負契約代金額は、契約自由の原則のもとにあって許された範囲内のものである。

三  抗弁

1  消滅時効

(一) 仮に、被告の不法行為が成立するとしても、本件工事は、昭和五六年八月中に完成したから、原告は、その頃、違法性を基礎づける具体的な事実関係及び工事内容の詳細並びに代金額を知っていたものというべく、民法七二四条の「損害及び加害者」を知ったことになる。

(二) そこで、そのときから三年が経過する昭和五九年八月末日の経過により、原告の損害賠償請求権は、時効により消滅した。

2  過失相殺

仮に、被告の不法行為が成立するとしても、原告は、本件工事の適正な価格を容易に調査することができたのに、漫然とこれを怠ったのであるから、原告において過失があり、過失相殺されるべきであるところ、原告の過失割合は一〇〇パーセントが相当である。

四  抗弁事実に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は否認する。原告において、本件工事代金額が不当に高額であり、被告に対する損害賠償の請求が可能であることを知ったのは、昭和五八年一二月に第三者に本件工事についての見積書を作成してもらったときである。

(二)  同(二)の点は争う。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1の事実は、原告が昭和五六年一二月五日に被告に対して支払った金五万円が本件工事代金の内金と支払われたものであるか否かの点を除き当事者間に争いがなく、右除外した点は、原告本人尋問の結果によって認められ、他にこの認定の妨げになる証拠はない。

二そこで、同2について判断する。

1  本件工事の内容

〈証拠〉によれば、本件工事は、原告が居住する通称山川ビルの三階の部屋の外壁の一部を取り壊し、そのベランダ部分及び右部屋の一部にサンルームを設置するものであるところ、被告は、右工事の施工として、また右施工に際し、右各工事のほか、右ベランダに設置されていた鉄製物置(面積約二畳)の撤去、右ベランダ付近に設置されていた木枠トタン張看板(縦一メートル、横五〇センチメートル、重さ約二キログラム)の撤去、右ベランダ及び右ベランダから四階に通じる階段の塗装、右部屋の各種内装工事、インターホンの取付工事及びこれらの工事に伴う付帯工事一切を施工する旨原告に約し、これを行ったことが認められる。

2  本件工事費用としての適正妥当な金額

(一)  〈証拠〉によると、建築会社である訴外興和工業株式会社(以下「訴外興和工業」という。)は、昭和五八年一二月一四日、原告の依頼により、本件工事費用についてこれを合計二六四万三〇〇〇円と見積っている(以下、この見積りを「(一)の見積り」という。)ことが、また、〈証拠〉によれば、一級建築士である訴外原雅敏は、本件工事につき、本件サンルーム等を実際に見分した上、建築工事費用の見積りに際し一般に用いられている積算資料(昭和五九年度)に基づき、その費用を金二一五万四〇〇〇円と評価算定している(以下、この見積りを「(二)の見積り」という。)ことが、それぞれ認められる。

もっとも、〈証拠〉によれば、被告は、本件契約締結に際し、原告の説明を聞いた上、本件工事をめぐる階下の居住者とのトラブルを避けるため、足場、ネットその他機材を用いた作業が困難であると考え、また、本件工事がビルの三階、四階と高い場所での危険を伴う作業であることから慎重にこれを行う必要があり、更に、本件ビルが繁華街の真中にあって道路幅が狭く工事現場に機材等を運搬するための車を横付することができず、また、本件作業現場に至る階段等が傾斜が急で狭いこと等のため作業に困難が伴い、被告において、本件工事及びこれに伴う付帯工事を施工するためは人力によるほかないと考え、通常の工事に比してより多く人工を費やしたことが認められる。

(二)  しかしながら、前記認定の(一)、(二)の各見積り、〈証拠〉によると、前記認定の本件工事の特殊性及び被告による実際の工事の施工方法等を考慮に容れても、本件工事の金額としては、通常の取引で考慮される一〇パーセントないし一五パーセントの利益を含めて、金二三七万六〇〇〇円が通常の取引価格として適正妥当であり、本件請負代金額は実際の取引の実情からみて一見して法外に高額であることが認められ、この認定に反する被告本人尋問の結果の一部は右各証拠に照らし措信しない。

なお、被告本人尋問の結果の中には、被告は、本件工事を施工するにつき、現実に、①本件工事費用として金三七八万八〇〇〇余円、②本件サンルームの材料費及び工事代金として約金八二万円、③いわゆる粗利として金八二万五〇〇〇円、以上合計五四三万三〇〇〇余円の費用を支出し、これを裏付けるものとして、領収書等〈証拠〉が存する旨の供述部分があるが、〈証拠〉によれば、右①の中には、③と重複するものがあるほか、本件工事と直接関連性を有しないものも多く含まれていること、〈証拠〉によれば、右②の金額は金六三万七四〇〇円であること等の事実が認められ、かかる認定事実に照らし、被告の右供述部分はにわかに措信できない。

3  前記2認定のとおり、金五五〇万円は、本件工事の請負代金額としては一見して法外に高額であるところ、被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和四三年頃から建築関係の仕事に従事しており、本件請負契約締結当時、本件工事の適正妥当な工事請負代金額を容易に知り得る立場にあったこと、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、建築工事関係の知識に必ずしも詳しくない当時七二歳の一般消費者であって、本件契約締結にあたり、被告に対し、本件工事の適正妥当な工事費用額等を知るため、再三、本件サンルームのカタログの交付を求めたものの、被告がこれに応じなかったこと、そこで、原告は、やむなく、被告に言われるままに、金五五〇万円が本件工事の適正妥当な代金額であると考えて本件請負契約を締結するに至ったこと、〈証拠〉を総合すれば、被告は、本件請負契約締結に際し、本件工事について個々の個別の工事についての詳細な見積書を作成せず、本件工事全体を一括する形で本件請負代金額を提示したが、本件工事の約一年経過後に、原告の求めに応じて被告が作成した「御註文請書」と題する見積書(甲第二号証)には、本件工事の個々の内容について具体的な金額が摘示されているものの、右金額の中には、通常の適正妥当な取引価格に比して約一〇倍に及ぶ額が掲記されているものがあり、同見積書は明らかに本件工事の請負代金額に一致させるため恣意的に金額を操作して作成されたものであって、被告は、本件請負契約締結時において、具体的かつ明確な根拠のないまま金額を提示したものであること等の事実がそれぞれ認められ、これに反する被告本人尋問の結果の一部は右認定事実に照らし措信しない。

4  前記一の事実、右3認定事実及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件工事の特殊性及び原告の要望に乗じ、本件請負代金額が通常の取引金額に比して著しく高額であることを十分に認識しながら、原告においてかかる認識がないことを奇貨として、本件請負契約を締結し、更にその履行として原告から金五一五万円の支払いを受けたものであって、被告は、右金額のうち、本件工事の通常の取引における適正妥当な金額を超える部分につき、これを違法に騙取したものというべきであり、これによって被った原告の損害を賠償すべき責任がある。

5 ところで、被告は、約定の金額が通常の取引金額に比して多少高額にすぎても、契約自由の範囲内のものとして許容される旨主張するが、4のとおり、被告は、原告が本件工事についての適正妥当な金額を知らず、被告の申し出た金額をそのまま適正妥当なものと誤信している原告の錯誤に乗じて、この間の事情を十分に認識しながら本件請負契約の締結に至ったもので、右被告の所為は、契約自由の範囲を逸脱し公序良俗に反する違法なものというほかない。

三損害

原告が本件請負契約を締結し、その代金として被告に対し金員を支払ったことにより被った損害は、原告が現実に支払った代金総額金五一五万円から本件請負契約締結当時の本件工事の通常の適正妥当な取引価格である前記二2(二)の金二三七万六〇〇〇円を控除した差額金二七七万四〇〇〇円である。

四消滅時効

抗弁1(消滅時効)について判断するに、〈証拠〉を総合すると、原告が本件工事代金が不当に高額である旨明確に認識したのは、原告が訴外興和工業から(一)の見積りを取得した昭和五八年一二月一四日頃のことであることが認められる(他にこの認定の妨げになる証拠はない。)から、原告は、右時点において、初めて、民法七二四条所定の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル」ものというべきであって、右時点から三年以内である昭和五九年一〇月九日に訴訟を提起した(このことは本件記録上明らかである。)本件請求に係る損害賠償請求権は、消滅時効が中断しており、被告の右主張は理由がない。

五過失相殺

前記二で判示したところから、原告の被った損害は、専ら、被告の詐欺行為に因るものというべきであり、抗弁2(過失相殺)の主張は理由がない。

六そうすると、被告に対し、原告の被った損害額の範囲内である金二四五万円及び最終の代金の支払日である昭和五六年一二月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は理由がある。

七以上の次第で、原告の本訴請求は、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官西謙二)

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